<Header>
<Author: 杜甫>
<Title: 橫吹曲辭 後出塞五首 二>
<Format: 格式不明>
<Year: 1964>
<BookName: 唐詩選　上>
<Translator: 斎藤晌>
<style: 現代文無假名>
<style2: 日本現代譯文無假名標注>
<TranslatedTitle: 後出塞>
<BookPage: 32>
<UsedPage: 1>
<Feature: 1, 4>
<End Header>
<Poem>
朝進東門營，
暮上河陽橋。
落日照大旗，
馬鳴風蕭蕭。
平沙列萬幕，
部伍各見招。
中天懸明月，
令嚴夜寂寥。
悲笳數聲動，
壯士慘不驕。
借問大將誰，
恐是霍嫖姚。
<End Poem>
<Translation>
洛陽の上東門近くにゆる兵営に、朝、應募の兵士が入隊したが、ただやに行軍を始めて夕方には、はや河陽の橋をわたった。落日が部隊の大きな旗を照らし、馬はいななき風はさびしく吹いている。黄河のほとりの平らかな砂地に臨時の宿營をするので、無數の天幕が張りめぐらされ、それがずっとつついている。分隊の兵士がそれぞれの天幕に呼び入れられて宿泊する。きびしい軍令が徹底していると見え、一人として大聲を出してさわぐものもない。夜になると、あたりはひっそりとして、ただ天のまん中に一輪の明月が輝いているばかり。そこへ夜をいましめる、かなしげな胡笳の音が二聲三聲聞こえ、壯士たちも身がひきしまって、うわずった氣配もない。かくも軍隊の嚴正な軍隊をひきいている大將はいったいどんな方だろう。おそらく古今の名 將嫖姚校尉霍去病のような方であろう。 
杜甫が洛陽で見聞した軍隊は、たぶん安禄山かその部下の將軍の引率したものであろうが、當時の詩人は時事問題を詠ずるにあたって、漢の時代のこととして詠ずる風習があった。それはなるべくあたりさわりがないようにしようという心づかいによるが、また偉大なる漢代に對するあこがれの意味で、古典的な莊重美をそえると考えられたらしい。ここでも、漢の名將で西北の夷狄を討ちたいらげた霍去病をひきあいに出したと思われる。
<End Translation>
<Formatted Translation>
洛陽の上東門近くにゆる兵営に、朝、
應募の兵士が入隊したが、ただやに行軍を始めて夕方には、はや河陽の橋をわたった。
落日が部隊の大きな旗を照らし、
馬はいななき風はさびしく吹いている。
黄河のほとりの平らかな砂地に臨時の宿營をするので、無數の天幕が張りめぐらされ、それがずっとつついている。
分隊の兵士がそれぞれの天幕に呼び入れられて宿泊する。
きびしい軍令が徹底していると見え、一人として大聲を出してさわぐものもない。
夜になると、あたりはひっそりとして、ただ天のまん中に一輪の明月が輝いているばかり。
そこへ夜をいましめる、かなしげな胡笳の音が二聲三聲聞こえ、
壯士たちも身がひきしまって、うわずった氣配もない。
かくも軍隊の嚴正な軍隊をひきいている大將はいったいどんな方だろう。
おそらく古今の名 將嫖姚校尉霍去病のような方であろう。
<End Formatted Translation>